後見事務2018/01/19

 損害保険の代理店から大型封筒がとどく。被後見人所有のマンションの火災保険の更新手続きだった。更新には登記事項証明書の添付が必要なので法務局へとりに行った。記載は簡単なチエック印をするだけなので早速返信。投函を済ます。

後見事務2018/01/18

 1/16、1/17にほぼ終えて、チエックすると通帳の一部でコピー漏れがあった。コピーを補充して、今日は愛知会のコスモスS・Cに後見事務の書類を提出した。

後見事務と事務整理2018/01/16

 年末年始のあいさつも昨日の愛知会賀詞交歓会を以って終わった。今後も5回ほど新年会を予定するがすべて私的な好縁のコミュニティーだ。同窓会、俳句会、山岳会が2回、地域の句会とある。
 仕事関係は明日からスタートしなくてはいけない。1/13はお千代保稲荷に参拝して商売繁盛を祈願。シニア関係も明日以降は二次面談1社、一次面談1社と既知の1社も可否を確認したい。過去の文書をファイルに時系列に綴じて整理した。
 コスモスへの後見事務の書類作成、家裁向けの書類作成、後は事務所の決算事務もある。月末には源泉徴収税の書類が届くはず。そして3/15までに確定申告も。午後は加除式法律書の差し替えに来てもらった。
 今日は後見事務の下準備にかかった。まずは預金通帳等のコピーから開始。会計ソフトに昨年末の病院への支払いと預け金の精算を記帳して帳簿を締めた。被後見人の確定申告もしなければならない。

平成30年新年賀詞交歓会2018/01/15

 1月15日は恒例のイベント。名古屋駅前のキャッスルプラザホテルで開催された。愛知会の代表のあいさつは星野仙一の言葉を引用して締めくくった。最初に登壇したのは河村たかし名古屋市長、少し酩酊気味だったのか、名古屋弁で市行政の貢献ぶりを紹介し、メディアが取り上げないと不満をぶち上げた。愛知県大村知事はやや遅れて登壇、各政党の国家議員、県会議員、各市町村会議員、関係省庁、士業団体等や関係団体等の各代表者のご臨席を賜り、盛会に終わった。
 お歴々の長いあいさつが終わると、西川副会長の音頭で乾杯、会員同士の懇談の時間だ。まずは料理で腹ごしらえとディシュの料理を食べた。ここでしか会えない会員もいるので各テーブルを回ってあいさつと交流を心がけた。午後7時にお開きになった。

謹賀新年2018/01/01

 明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

 元旦。
 初詣は愛知県護国神社へお参りしました。
 次は那古野神社さらに東照宮へ参拝しました。
 どこも行列していました。

 参拝のあとは丸の内の事務所へ。年賀状をチエック、自宅の分と合わせて返礼を書いて投函しました。

事務整理2017/12/27

 朝から雪。寒い1日。自宅の新聞等を整理して出す。近くの銀行で通帳記入、郵便局で各種小口の支払いを済ます。丸の内へ行く。ソフトへ入力しておく。書類などを整理しファイリングする。来年の日程などをチエックする。年賀状はまだ手つかずだが昨年の賀状を取り出してみる。雑事多し。

見積書投函2017/12/20

 12/13の2次面談の企業宛の見積書を作成し投函した。先方の業務内容は現段階では100%把握できず想定した範囲で見積もることとした。顧問料も大幅に減額した。
 成約すれば昨年秋以来10社ほどのシニア人材の面談会の初の成果となる。多い人はもうすでに10社近くクロージングして成果を収めている。それにあやかりたいものだ。幸い、もう1社来年1月中に2次面談を予定している。最終的に5社程度の顧問先を確保したい。
 今年の事務所の仮決算をしても本業の報酬に余業の山岳書の印税、新聞への寄稿の原稿料を加えても年間経費をカバーできず大幅赤字になった。持ち出しが多くなると廃業も考慮せねばならず、来年度は正念場になる。

シニア人材2次面談に行く2017/12/13

 先般、岐阜信金の支店でシニア人材面談会で2社面談した企業のうち1社から2次面談の要望があった。午前番で銀行から病院へ支払いの仕事を終えて、名古屋市郊外の企業へ行く。主力企業のほか、社長の個人経営の育成中の事業もあり、話は多岐に亘った。かといって、社員と違い、限られた日数で何でも関われることでもないので後日見積りを出すこととして退社した。

後見事務2017/12/13

病院からの請求書に基づき引き出して支払う。

「東海地区」大シニア人材面談会に行く2017/12/12

 今回は信金さんではなく、名古屋市駅前のウインクあいちのビルの一室で地銀の関与先の企業との面談会であった。面談は2社。
 うち1社は整合するスキルではなく、話の中から糸口を見出そうとしたが、深刻な人材不足を嘆いておられ、実弟の人脈の紹介を約して終わった。
 もう1社は、事業は経営者の考え方1つを目の前で見るように夢の多い企業であった。日本経済全体では世界でもっとも恵まれているにもかかわらず、悲観論が多い中で、才覚を生かして事業を展開し伸ばそうという意欲があった。こんな企業こそ応援したくなる。もちろん2次面談の希望を出しておいた。