VEに思うこと2018/10/18

 昨日は夜までフルに動いた。朝一で凍結中の相続財産の解約に金融機関を回った。2行で午前中が過ぎてしまった。昼食後、桑名市へ走った。
 一昨日の高岡市に続くシニア人材の面談会に参加した。富山県までは往復で時間を食うので1日仕事になった。
 隣県なので伊勢湾岸道を飛ばすと桑名市へは早い。14時20分からの面談に余裕で間に合った。1社30分、経営課題を聴いて当方の経験とのすり合わせ(マッチング)の話に終始した。2社面談をこなす。世間は常に人を探しているのだと思う。ここでも民主党政権時代に赤字になり倒産の危機を感じたと言われた。企業は生き残りに必死である。
 面談後は名古屋に戻り、19時から自主セミナーに参加。建設業経営はどういう内容か、という同業による解説である。その後は主宰者による「建設業に適応するVE」の話。50年前の記憶がざわついた。アメリカのGE社が開発した機能改善とコストダウンの両立を解決する手法である。
 身近のなモノで例えれば物差しがある。当初は素材が竹製が出回った。次はスチール製、アルミ製、そして圧倒してきたのはプラスチック製である。長さを計るという機能を維持しながら製作上の加工のし易さ、軽さ、大量生産に向いたプラスチックという素材とコストダウンで安価になった。
 車のバンパーも今は金属製は無く、プラスチック製になった。ボディと乗員を保護する機能を維持して、軽量化と弾力性を持たせた。メッキの必要が無くなり塗装されるようになって美観もよくなった。
 改めて思うのはトヨタの強みはここにあり、と。単にコストダウンのみならず機能改善をともなうから市場で優位に立てる。競争力が増し増産できれば下請けにも恩恵がある。値引きだけだったら下請けは疲弊し、脱落(倒産、廃業)してゆく。困るのは親会社である。
 現場で汗を流す作業員がVEに取り組み日々改善に努めるからこそ世界一になった。アメリカの転落の原因は奴隷労働にある。コストは下がるが改善は見込めない。一部のホワイトカラーの仕事である。日本では現場の高卒社員が改善する。
 中国は市場において数が圧倒する。しかし、品質や作業員の質の向上が無いと不良品だらけになる。事実オリンパスの中国製の15万円もする一眼レフを買ったが、ボディが不良で電池を入れ替えてもすぐにだめになった。匡体だけ交換してもらった。血圧計もすぐにだめになった。一事が万事であろう。日本にキャッチアップするには高卒レベルの教育の普及が必須である。
 VEは価値のある経営改善のツールであると思った。そして50年前と変わらない考え方に普遍性も見出す。事務屋になってからもごく自然に、問題意識、機能分析(VA)、アイデア発想(ブレーンストーミング、KJ法=データをして語らしめる)、実行というサイクルで仕事をしてきた。今も大きな財産である。

被後見人の相続人調査2018/10/08

 7月末6年間お世話した被後見人が死亡。
 後見は被後見人の死亡で終わる。
 相続は死亡で始まる。
 翌日から怒涛のような仕事が始まりました。家裁へ死亡の報告の書類作成、高齢で足が不自由な親族1人に寄り添い、葬儀会社選びから火葬、お骨安置を済ませた。後見終了の登記を東京へ郵送。火葬後1週間で戸籍に反映されるので、それから相続人調査のために戸籍の取得を開始。死亡後の区役所への届出を済ます。相続人関係図を作成するが、両親の出生から死亡までの除戸籍を収集。相続人へ遺産があることの報告のために手紙を出すと帰ってくる。さらなる戸籍の収集でした。某区役所では、さっと、参考にするといって、これまでの戸籍類を持っていかれた。目的を忖度してくれて、「これだろう」と戸籍の附表を出してくれました。20年もの音信不通の親族(相続人の子で代襲相続になる)とつながりました。
 よく見ると母の出生までの戸籍がない、との指摘。某区役所で目的を告げて、分かっているこれまでの戸籍も預けて、請求したところ、他町村から転籍と分かった。この時、申請から1時間半もかかった。窓口で質すと、白髪の戸籍係りの人が、「13歳で名古屋市に来ている。13歳なら子どもがいる可能性があるよね」と諭された。そして付箋を付けて注意喚起してくれた。えっ、と思ったが、中学生時代に先生と女生徒の妊娠の事件を思い出して、監督人にも確認。その可能性は大というので、また尾北の某市町村役場へ走った。結果は何もなかったが・・・。最後には父も他県から来ていると分かった。昨日は早朝発で取得に走った。要するに私の戸籍の読み方が甘かった。区役所の老係員、監督人さんのご指摘に深謝する。明治大正時代の三代戸籍は手書きの文字で判読しづらい。合併を繰り返しているので見落とす。ああやって定年後も活躍されているのだろう。
 思えば、8月にJACの年報に名古屋の登山家の評伝を発表した。出自の調べで、旧東海銀行本店の近くに生まれていると知った。大正時代の住所は西区玉屋町なのに今はない。実は中区錦三丁目に表示が変わっていたのだ。これは職務上請求書を使うわけには行かない。検索や文献を溯ったりして突き止めた。老戸籍係りの人らは名古屋市の地名の変遷が生き字引のように頭に入っているのだろう。
相続人調査で見落とすと大変なことになる。怒涛のような8月が過ぎた。そして9月も秋冷とともに相続人調査は終わった。
 実務に勝る研修はない。

相続人調査の研修会2018/08/25

 名古屋市の市民後見の関係で相続人調査の代行の仕事を受託。もっと多くの先生方に加わってもらうために基礎知識と実務の両面から実戦的な研修会が開催された。
 研修は大抵は理論倒れに終わるが今回は実際に相続手続き支援や役場で役立つ知識やノウハウが盛り沢山であった。
 私もちょうど、被後見人の死去で、その知識の吸収に努めた。7月末で後見事務を締め、8月上旬に後見事務を終えた。8月中旬に監査を受けて、家裁の審判を待機中である。それが終われば引き継ぎ書に署名をもらって家裁に報告するとすべての後見は終わる。
 同時並行で、すでに相続人調査は終わった段階なので復習的な意味合いであった。やや特殊な事例も多かった。講師は長年に亘る豊富な業務経験があるので、特殊な事例もあるのだろう。しかし、基本は記載された事実がすべてである。
 私も三代戸籍を取得した際、戸籍の新編製とあったので、遡及してみたが、三代戸籍の廃止と地名の変更とで内容には変化はなかった。担当者はミスだ、と指摘されたが、そんなこともあるのだ。
 思えば、名古屋は空襲を受けていることと、戦前戦後とで地名が大きく変わっている。私の事務所のある丸の内も近くの錦も戦前は西区であった。西区からは中区が生れた。めまぐるしい変遷があった。それだけ戸籍の地名も錯綜しているわけだ。
 ある意味で面白い仕事だと思った。調べることは好きなことでもある。但し、本質は他人の権利義務に関わることなので遊び心ではやっておれない。真剣かつ興味を失わないで継続しなければならない。

実務研修2018/07/23

 14時~16時まで成年後見制度の実務家から受講。補助人と保佐人の実務の話を交えながら解説された。

後見事務2018/07/19

 コスモスあいちに寄る。4ヶ月に1度、4/1~6/30の後見事務の経過記録報告書を提出した。

後見事務2018/07/18

コスモス向けの後見事務報告書を作成。12日に通帳などを出してからコピーを作成、残高の変化を財産目録に転記し、6/30付けで作成した。他に後見事務、各種報告書、現金出納帳などをプリントアウト。
 家裁向けの後見事務報告書類は締切が7/31にずれたため、8月以降にあらためて作り直す。まとまるのはお盆過ぎになる。

後見事務2018/07/13

 丸の内で後見事務を処理。

後見事務2018/07/12

 病院からの請求書にもとづき、銀行から相当額を引き出して支払う。

後見事務2018/07/04

 マンションの清掃費を支払う。

事業年度終了届出提出2018/06/22

 午後、関与先の社長に来てもらい、押印。技術者が増員したことが分かったので、4号の使用人数の変更も作成。納税証明の原本を預り、正本に添付して、当局へ提出した。昨日、主要な点検を済ませているので、指摘のあった部分のみ見てもらい受付印をもらった。
 関与先も兼業の決算書作成に慣れて、昨年よりも1ヶ月早かった。
 今日は梅雨晴れで暑い。徒歩で当局へ行ったが日陰を選んで歩いた。当局では6人待ちであった。3/31決算が多いのでしばらくはこの種の届出が多いだろう。4つのブースの内、新規らしいのが3件、事業年度終了届けが1件で、新規は中々進まないが、事業年度は早い。それでも1時間近くは待った。歯科医と同じで待ちは長いが、届出は早かった。