『WiLL』3月号を読む①2012/01/27

 ワック出版から出ている『WiLL』3月号をあらかた読んだ。表紙自体が大見出しと目次を兼ねていて大まかな内容が把握できる。
 今月号も総力大特集として「度し難き国、韓国、中国、北朝鮮」とあり、
・従軍慰安婦は寒流否韓流(まだ一発変換できない)ドラマだ
・中国要人が並べたてた噓八百
・韓国の唯一のカード「従軍慰安婦」
・その他4本の記事がある。
そして巨弾新連載!新資料続々発掘「誰が「南京大虐殺」を捏造したか」の2回目が最後っ屁を放つ。
・可笑しいのは竹中平蔵の「消費増税は必要ありません」の論考である。よく掲載したものだ。
・「デフレ・円高の元凶は日銀だ」の論考も目新しさはないが強力だ。ここが動かないと日本経済も浮かばれない。当記事以前から別の識者から指摘されたことだった。世間の圧力が高まれば自省しそうなものだがやはり日銀は天邪鬼ということである。
・蒟蒻問答の記事も毎回面白い。見出しの「韓国は恨と怨の文化」で私のブログでも12/31にそう書いたが久保氏も同じ指摘だ。一部の日本人を除いてみなそう感じたのではないか。「あんな恥ずかしいことよく言うな」と。
・見出し「欧州は”垣根”をなくした」は若い頃、エスペラントを齧ったことを思い出させる。創始者のザメンホフは「言語?の壁(垣根といったか)よ倒れよ」と言ったかと記憶している。ネットからコピーすると「1887年には "Doktoro Esperanto. Lingvo internacia. Antaŭparolo kaj plena lernolibro"(「エスペラント(希望する人)博士、国際語、序文と完全なテキスト」)と題された著書が出版されることになる。
 ザメンホフにとってこの言語は単なるコミュニケーションの道具ではなく、異なる人々や文化の平和的な共存という自らの理念を広げる手段でもあった。」というように実利ではなく、平和の手段としてだった。
 ヨーロッパの分割は確か、旧約聖書に由来したと思う。これも検索してみる。「バベルの塔 旧約聖書」で。
 「創世記11ノアの洪水の後、人間はみな、同じ言葉を話していた。

人間は石の代わりにレンガをつくり、漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。こうした技術の進歩は人間を傲慢にしていった。天まで届く塔のある町を建てて、有名になろうとしたのである。

神は、人間の高慢な企てを知り、心配し、怒った。そして人間の言葉を混乱(バラル)させた。

今日、世界中に多様な言葉が存在するのは、バベル(混乱)の塔を建てようとした人間の傲慢を、神が裁いた結果なのである。」以上。

 やはり、ヨーロッパの人間は傲慢なのだ。その流れを汲むアメリカの白人も同じだ。自己の利益のためには容赦しない。特に黄色人種には容赦しない。黒人は人間と思っていない。

 神はおそらく人間(欧州の白人種)は扱いにくいものと断じて「バラバラにして置くがいい」と思われたのだ。それで言語を地域で分けた。当然、経済、文化も分かれて発達するから時間が経過すれば意思疎通は難しくなる。
 欧州は何かと不都合なことを思って、EUを作り、通貨ユーロを作った。ところがここへきてそれが瓦解し始めているという。
 エスペラントは125年後の今も世界のどこかの家庭や人間に使われている。私の書架にはエス語訳の旧約聖書、毛沢東の論文、人民中国などがある。
 中国・上海では世界大会が行われている。ということは少なからぬ中国人エスペランチストがいると思われる。中国共産党政府にしては意外なほどの寛容さを思う。
 理由として中国のような他民族国家では言語の統一は難題中の難題である。随分昔、ハルピン辺りの小学校では習われていると仄聞している。中国人、ロシア人、満洲人、モンゴル人などが一つの地域に住めば意思疎通と調整が大変なことになる。そこでエス語というわけだ。理解できる。
 欧州もまずは言語だと思うが同時通訳が発達したせいで需要はなさそうだ。
・ある編集者のオデッセイ(堤尭氏)では本多勝一記者が批判されている。確かにこの人は変な記者だ。昭和38年の愛知大生13名の薬師遭難取材でも朝日新聞のヘリに乗って一番乗りした。それをいいことにメンバーは地図とコンパスを持っていなかった、と叩いた。登山に地図とコンパスを持っていないなんて言語道断というわけだ。
 後年、当時の山岳部監督だった人の回想では「持っていた」のである。冬山に地図もコンパスも持たずには登れないのだからおかしな記事だと思っていた。虚実ない交ぜにして過激な報道をしていたに過ぎない。そういう体質の人と思えば南京大虐殺の記事も当然か。
・中日新聞朝刊にもチベットの記事が報道されていたが本誌にも有本香氏の論考「チベット僧、相次ぐ焼身自殺の真実」を掲載。
・渡部昇一氏の「書物ある人生」では田中菊雄に着いて触れている。私も十代のころ、この人の本に励まされたものだった。『現代読書法』だったと思う。英語も学問もモノにはできなかった不肖の学徒だったが久々に恩師に出会った印象だ。今でも文庫本で読めるというからこれこそ名著だ。

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