新井誠氏の「ドイツ成年者世話法から学ぶもの」考 ― 2012/06/23
WEB読売新聞から転載 2012年6月11日
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20120611.htm
→は筆者のコメント。適宜、編集し、行替えしてあります。
I はじめに
わが国では総人口1億2千万人に対して法定後見制度の利用者が約20万人であるのに対して、ドイツでは総人口8200万人に対してわが国の法定後見制度に相当する世話制度の利用者が約130万人となっており、わが国の約6.5倍の利用件数があり、しかも利用件数は毎年約10%増加している。本稿は、ドイツの成年者世話法がかくも利用されている要因を探り、わが国の成年後見制度の今後の方向性を見出そうとするものである。
→地理から考察するに、国としてのまとまりの良さを思う。日本のように島がない。南北に長い。脊梁山岳地帯が都市間を分断していない。日本は住むコスト、移動コストがドイツに比べて高い。
II 成年者世話法の特徴
世話制度の最大の特徴は、次の諸点にある。
第1は、保護機関たる世話人の選任があっても、それは直ちに本人の能力制限を帰結することにはならず、個々の事例に関して必要な場合に限って(かつ、必要な範囲内に限って)、裁判所が世話人に同意権を付与するという、「同意留保」制度を導入した点である。
→無条件に同意するわけではないこと。留保つきで同意する。
第2は、身上監護事項の重視である。世話人は、各自の職務範囲内において、単なる財産管理人としてのみならず、本人の身上監護事項に関する法的コーディネーターとしての役割をも期待されているのである。
→抽象的に書かれているが、関係者間を調整する役割の意味か。家族、病院、行政機関と協議して、身上監護の円滑化をはかるの意と思われる。
ただし、これは、世話人が自ら事実行為としての介護行為や看護行為を遂行しなければならないことを意味しているわけではない。むしろ、ドイツ法上では、世話人の職務は世話事項の法的処理に限定されているのである。なお、この点を明文上より明確にするために、1999年の世話法改正法は、世話の名称を「法律上の世話(Rechtliche Betreuung)」と改めた上で、「世話は、被世話人の事項を以下の規定に従って法的に処理するために必要となる全ての活動を含むものとする」という新規定(ドイツ民法新1901条1項)を置いた。
→ググると、リーガル・コーディネーターの語彙も散見される。これが本意かと思う。法律上はこうなっていると、アドバイスすること。
第3は、重要な身上監護事項に関する公的監督に関する規制の導入である。生命の危険を伴う医療行為、不妊手術、施設への収容並びに収容類似措置、住居の明け渡し等については、世話人の事務処理に際して、厳格な実定法上の要件と結びついた世話裁判所の許可を要求している。
→日本にも成年後見監督人の制度もあるのだが・・・。何が違うのだろう。
第4は、本人(被世話人)の意思尊重の問題である。世話法の基本理念は自己決定権の尊重にある。従って、世話事項の遂行にあたっては、被世話人の福祉に反しない限り、被世話人の希望と意見が優先されなければならないし、世話人は被世話人を一個の人格として尊重し、被世話人と協議しながら、事務処理を実行していく必要があるのである(ドイツ民法新1901条2項、3項)。
→「自己決定権の尊重」は研修に於いて繰り返し、学んだ重要なことであった。ドイツに学んだとされる日本でも踏襲されているわけだ。
III 支援組織
ドイツ成年者世話法運用上の大きな特徴は、世話制度が福祉行政および民間の世話協会によって支えられ、裁判所は両者の支援を得て機能するようになっている点である(図参照→略)。
→地域と密着した組織は強力な支援になる。日本の場合は縦割り行政のせいか、社会福祉協議会、民生委員、名古屋市における区政協力委員会、などがあるが、機能的とはいえない。
自治体の世話担当課とは、福祉行政を担う自治体の担当課(世話官庁、世話署)のことであり、担当職員は本人の調査やふさわしい世話人の推薦等を行う。世話協会は民間の組織である。世話協会はNPOや宗教法人によって運営され、社会福祉や法律家が常勤しており、ボランティアである名誉職世話人の教育や監督も行う。世話裁判所は自治体の担当課および世話協会との連携を得てその職務を遂行している。
→成年後見センターはいくつあってもいい、ということか。現在は司法書士の公益社団法人成年後見センターリーガルサポートが先駆的に活動し、2010年10月1日名古屋市成年後見あんしんセンターが発足している。HPには「2012.1.6 市民後見人が誕生しました。
平成22年度第1期市民後見人候補者養成研修の修了者であり、名古屋市成年後見あんしんセンターの「市民後見人候補者バンク」に登録している市民が平成23年12月末現在、2件の事案で名古屋家庭裁判所に成年後見人として選任をされました。
また、あわせて市民後見人の養成・支援を行っている、社会福祉法人名古屋市社会福祉協議会が成年後見監督人として選任をされました。」
とあって成果をあげ始めている。ここでは社会福祉士らが活躍されているようである。
このようないわば三位一体の関係は法律によって明確に位置づけられている。行政、民間、司法が一体となって世話制度を推進しているのであって、わが国の成年後見制度を新に機能させるためにはドイツ型支援組織から学ぶものは多い。
→われわれ行政書士は2010年8月4日に一般社団法人コスモス成年後見センターを発足させた。裁判所への書類作成、申請、代理行為の可能な弁護士や司法書士と違って、一般人と同じスタンスでのやや制約の多い活動となっている。つまり最初から連携を求められる形である。ドイツ世話人に近いといえばそうも言えようか。
また、このような世話制度のネットワークの中での名誉職世話人の活動も顕著である。
IV 小括
わが国でも2000年4月に新しい成年後見法が施行されたが、その利用は低迷しており、内容においても抜本的に改善すべき点が多い。
ドイツ成年者世話法が大いに利用されている最大の理由は、既述のように、支援組織によるバックアップにある。しかも、それが法律上明確に規定されている点が重要である。わが国ではこの点の対応が決定的に不足している。
ドイツの実践はわが国成年後見法の方向性を示唆しているのではなかろうか。具体的には、わが国の成年後見制度に関しては3つの提言が可能であろう。
第一に、成年後見制度を利用させるための支援組織の設立が急務である。裁判所の運営をサポートする(福祉)行政と民間の支援を制度化すべきである。そして、支援組織の設立こそがわが国がドイツの実践から最優先に学ぶべきものではなかろうか。
第二に、成年後見人の担い手の拡大が急務である。専門職後見人の確保、市民後見人の養成、親族後見人への一層の指導監督がなされるべきである。
第三に、身上監護事項を明確に規定することが急務である。とりわけ成年後見人への医療同意権の付与は不可避の課題ではないのであろうか。
→ドイツ人と日本人の気質は似ているという。しかし、アングロ・サクソン民族は略奪、無慈悲な虐殺、侵略を繰り返してきた歴史がある。日本人は違うのではないか。江戸時代から互助社会を築いてきたのではないか。要するに自立心があったと思う。
今から約120年前に日本を旅して本にまとめた英国人宣教師の紀行文の序文を紹介しよう。
「今日の日本において、世界はまのあたりに、国民的な威信をなおそこなわないで保ちながら西洋文明に同化適応する力を発揮している東方一国民の、類い稀な例証を見ることが出来る。その上、この注目すべき民族が、現在では予測できないほど将来豊かに発展することは、ほとんど疑問がない。この民族は、国民的な威信の向上のためには、恐らくどんな自己犠牲も払えるのである」 ウォルター・ウェストン(1861-1940)『日本アルプス 登山と探検』(平凡社ライブラリー)
→100年以上も昔の英国人から見ても、日本人は西洋に盲目的に従属するような精神の持ち主ではなかったのである。そのために今までに随分外交で犠牲を払ってきた。ドイツの憲法をお手本にしたために日本はえらい目にあってしまったことを忘れてはなるまい。
模倣ではなく、風土に根ざした、日本独自の制度が大切かと私は思うのである。
新井 誠(あらい・まこと)/中央大学法学部教授
専門分野 民法、信託法 新潟県出身。1950年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1979年ミュンヘン大学法学博士。千葉大学、筑波大学等を経て、2011年より現職。
日本成年後見法学会理事長、信託法学会常務理事。
2006年フンボルト賞受賞、2010年ドイツ連邦共和国功労勲章1等功労十字章受章。
現在の研究分野は、法律行為概念の再生、高齢社会における信託制度の活用、成年後見制度利用促進の理論構築。
主要著書に「信託法(第3版)」(有斐閣、2008年)、「信託法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)、「成年後見法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)等がある。
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20120611.htm
→は筆者のコメント。適宜、編集し、行替えしてあります。
I はじめに
わが国では総人口1億2千万人に対して法定後見制度の利用者が約20万人であるのに対して、ドイツでは総人口8200万人に対してわが国の法定後見制度に相当する世話制度の利用者が約130万人となっており、わが国の約6.5倍の利用件数があり、しかも利用件数は毎年約10%増加している。本稿は、ドイツの成年者世話法がかくも利用されている要因を探り、わが国の成年後見制度の今後の方向性を見出そうとするものである。
→地理から考察するに、国としてのまとまりの良さを思う。日本のように島がない。南北に長い。脊梁山岳地帯が都市間を分断していない。日本は住むコスト、移動コストがドイツに比べて高い。
II 成年者世話法の特徴
世話制度の最大の特徴は、次の諸点にある。
第1は、保護機関たる世話人の選任があっても、それは直ちに本人の能力制限を帰結することにはならず、個々の事例に関して必要な場合に限って(かつ、必要な範囲内に限って)、裁判所が世話人に同意権を付与するという、「同意留保」制度を導入した点である。
→無条件に同意するわけではないこと。留保つきで同意する。
第2は、身上監護事項の重視である。世話人は、各自の職務範囲内において、単なる財産管理人としてのみならず、本人の身上監護事項に関する法的コーディネーターとしての役割をも期待されているのである。
→抽象的に書かれているが、関係者間を調整する役割の意味か。家族、病院、行政機関と協議して、身上監護の円滑化をはかるの意と思われる。
ただし、これは、世話人が自ら事実行為としての介護行為や看護行為を遂行しなければならないことを意味しているわけではない。むしろ、ドイツ法上では、世話人の職務は世話事項の法的処理に限定されているのである。なお、この点を明文上より明確にするために、1999年の世話法改正法は、世話の名称を「法律上の世話(Rechtliche Betreuung)」と改めた上で、「世話は、被世話人の事項を以下の規定に従って法的に処理するために必要となる全ての活動を含むものとする」という新規定(ドイツ民法新1901条1項)を置いた。
→ググると、リーガル・コーディネーターの語彙も散見される。これが本意かと思う。法律上はこうなっていると、アドバイスすること。
第3は、重要な身上監護事項に関する公的監督に関する規制の導入である。生命の危険を伴う医療行為、不妊手術、施設への収容並びに収容類似措置、住居の明け渡し等については、世話人の事務処理に際して、厳格な実定法上の要件と結びついた世話裁判所の許可を要求している。
→日本にも成年後見監督人の制度もあるのだが・・・。何が違うのだろう。
第4は、本人(被世話人)の意思尊重の問題である。世話法の基本理念は自己決定権の尊重にある。従って、世話事項の遂行にあたっては、被世話人の福祉に反しない限り、被世話人の希望と意見が優先されなければならないし、世話人は被世話人を一個の人格として尊重し、被世話人と協議しながら、事務処理を実行していく必要があるのである(ドイツ民法新1901条2項、3項)。
→「自己決定権の尊重」は研修に於いて繰り返し、学んだ重要なことであった。ドイツに学んだとされる日本でも踏襲されているわけだ。
III 支援組織
ドイツ成年者世話法運用上の大きな特徴は、世話制度が福祉行政および民間の世話協会によって支えられ、裁判所は両者の支援を得て機能するようになっている点である(図参照→略)。
→地域と密着した組織は強力な支援になる。日本の場合は縦割り行政のせいか、社会福祉協議会、民生委員、名古屋市における区政協力委員会、などがあるが、機能的とはいえない。
自治体の世話担当課とは、福祉行政を担う自治体の担当課(世話官庁、世話署)のことであり、担当職員は本人の調査やふさわしい世話人の推薦等を行う。世話協会は民間の組織である。世話協会はNPOや宗教法人によって運営され、社会福祉や法律家が常勤しており、ボランティアである名誉職世話人の教育や監督も行う。世話裁判所は自治体の担当課および世話協会との連携を得てその職務を遂行している。
→成年後見センターはいくつあってもいい、ということか。現在は司法書士の公益社団法人成年後見センターリーガルサポートが先駆的に活動し、2010年10月1日名古屋市成年後見あんしんセンターが発足している。HPには「2012.1.6 市民後見人が誕生しました。
平成22年度第1期市民後見人候補者養成研修の修了者であり、名古屋市成年後見あんしんセンターの「市民後見人候補者バンク」に登録している市民が平成23年12月末現在、2件の事案で名古屋家庭裁判所に成年後見人として選任をされました。
また、あわせて市民後見人の養成・支援を行っている、社会福祉法人名古屋市社会福祉協議会が成年後見監督人として選任をされました。」
とあって成果をあげ始めている。ここでは社会福祉士らが活躍されているようである。
このようないわば三位一体の関係は法律によって明確に位置づけられている。行政、民間、司法が一体となって世話制度を推進しているのであって、わが国の成年後見制度を新に機能させるためにはドイツ型支援組織から学ぶものは多い。
→われわれ行政書士は2010年8月4日に一般社団法人コスモス成年後見センターを発足させた。裁判所への書類作成、申請、代理行為の可能な弁護士や司法書士と違って、一般人と同じスタンスでのやや制約の多い活動となっている。つまり最初から連携を求められる形である。ドイツ世話人に近いといえばそうも言えようか。
また、このような世話制度のネットワークの中での名誉職世話人の活動も顕著である。
IV 小括
わが国でも2000年4月に新しい成年後見法が施行されたが、その利用は低迷しており、内容においても抜本的に改善すべき点が多い。
ドイツ成年者世話法が大いに利用されている最大の理由は、既述のように、支援組織によるバックアップにある。しかも、それが法律上明確に規定されている点が重要である。わが国ではこの点の対応が決定的に不足している。
ドイツの実践はわが国成年後見法の方向性を示唆しているのではなかろうか。具体的には、わが国の成年後見制度に関しては3つの提言が可能であろう。
第一に、成年後見制度を利用させるための支援組織の設立が急務である。裁判所の運営をサポートする(福祉)行政と民間の支援を制度化すべきである。そして、支援組織の設立こそがわが国がドイツの実践から最優先に学ぶべきものではなかろうか。
第二に、成年後見人の担い手の拡大が急務である。専門職後見人の確保、市民後見人の養成、親族後見人への一層の指導監督がなされるべきである。
第三に、身上監護事項を明確に規定することが急務である。とりわけ成年後見人への医療同意権の付与は不可避の課題ではないのであろうか。
→ドイツ人と日本人の気質は似ているという。しかし、アングロ・サクソン民族は略奪、無慈悲な虐殺、侵略を繰り返してきた歴史がある。日本人は違うのではないか。江戸時代から互助社会を築いてきたのではないか。要するに自立心があったと思う。
今から約120年前に日本を旅して本にまとめた英国人宣教師の紀行文の序文を紹介しよう。
「今日の日本において、世界はまのあたりに、国民的な威信をなおそこなわないで保ちながら西洋文明に同化適応する力を発揮している東方一国民の、類い稀な例証を見ることが出来る。その上、この注目すべき民族が、現在では予測できないほど将来豊かに発展することは、ほとんど疑問がない。この民族は、国民的な威信の向上のためには、恐らくどんな自己犠牲も払えるのである」 ウォルター・ウェストン(1861-1940)『日本アルプス 登山と探検』(平凡社ライブラリー)
→100年以上も昔の英国人から見ても、日本人は西洋に盲目的に従属するような精神の持ち主ではなかったのである。そのために今までに随分外交で犠牲を払ってきた。ドイツの憲法をお手本にしたために日本はえらい目にあってしまったことを忘れてはなるまい。
模倣ではなく、風土に根ざした、日本独自の制度が大切かと私は思うのである。
新井 誠(あらい・まこと)/中央大学法学部教授
専門分野 民法、信託法 新潟県出身。1950年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1979年ミュンヘン大学法学博士。千葉大学、筑波大学等を経て、2011年より現職。
日本成年後見法学会理事長、信託法学会常務理事。
2006年フンボルト賞受賞、2010年ドイツ連邦共和国功労勲章1等功労十字章受章。
現在の研究分野は、法律行為概念の再生、高齢社会における信託制度の活用、成年後見制度利用促進の理論構築。
主要著書に「信託法(第3版)」(有斐閣、2008年)、「信託法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)、「成年後見法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)等がある。