ディストピア2020/04/08

 ディストピアまたはデストピア(英語: dystopia)は、ユートピア(理想郷)の正反対の社会である。一般的には、SFなどで空想的な未来として描かれる、否定的で反ユートピアの要素を持つ社会という着想で、その内容は政治的・社会的な様々な課題を背景としている場合が多い。

 ディストピアの語源は、「悪い、困難な」を意味する「古代ギリシア語: δυσ-」[1]と、「場所、風景」を意味する「古代ギリシア語: τόπος」[2]を組み合わせたものである。また同様に「悪い、不道徳な」を意味する「古代ギリシア語: κακόs」を組み合わせたカコトピア(英語: cacotopia)[3]や、反ユートピア(英語: anti-utopia)、あるいは日本語では暗黒郷[4]、地獄郷などとも言われる。
以上はウィキペディアから

李龍徳さん 『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』 文学の「テロリズム」

 作家、李龍徳さんの長編『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(河出書房新社)は、20XX年の日本を舞台にしたディストピア小説だ。排外主義に支配された社会。日本で初めて「嫌韓」の女性首相が誕生し、外国人への生活保護を違法化するなどの政策が現実になっている。差別や憎悪、暴力が跋扈(ばっこ)する世界を物語の枠に据えた。

 「『排外主義者たちの夢は叶(かな)った』という言葉で小説は始まります。構想は5、6年前。ヘイトスピーチが盛んだったころから持っていました。在日で、作家で、現代に生まれていれば、ここで書かずしていつ書くんだという思いで書きました」

ソース:https://mainichi.jp/articles/20200408/dde/014/040/009000c

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』 

 特別永住者制度の廃止、外国人への生活保護違法化、公文書での通名使用禁止…。
 排外主義が支配する日本で、在日三世の柏木太一が反攻の計画のために集めたのは、“武闘派”少年の尹信、自殺願望を抱える宣明、帝國復古党の貴島、妹を「在日韓国人であるゆえ」殺された金泰守、そして―。怒りと悲しみの青春群像。

ソース:http://web.kawade.co.jp/bungei/3398/

第1回 排外主義者たちの夢は叶った

 日本初、女性“嫌韓”総理大臣が誕生した。「在日狩り」、「愛国無罪」、そして度重なるヘイトクライム。在日韓国人三世の青年・柏木太一は、アメリカ帰りの“武闘派”少年・尹信(ユンシン)へ、反攻の計画を語り始めた−−。

 排外主義者たちの夢は叶った。
 特別永住者の制度は廃止された。外国人への生活保護が明確に違法となった。公的文書での通名使用は禁止となった。ヘイトスピーチ解消法もまた廃され、高等学校の教科書からも「従軍慰安婦」や「強制連行」や「関東大震災朝鮮人虐殺事件」などの記述が消えた。パチンコ店は風営法改正により、韓国料理屋や韓国食品店などは連日続く嫌がらせにより、多くが廃業に追い込まれた。両国の駐在大使がそれぞれ召還されてから現在に至る。
 世論調査によると、韓国に悪感情を持つ日本国民は九割に近い。
「日本初の女性総理大臣が、あれほどまでの極右だったとは僕もすっかり騙された」と、柏木太一(かしわぎ・たいち)は言うのだった。「他にもっと思想の偏った女性議員はいくらでもいて、でも彼女は穏当なほうだと僕も安心してたんだけど、まったくの見当違いだった。あれは決して傀儡の総理じゃない。絶対に男どもの操り人形なんかじゃない。同性婚を合法化したり、選択的夫婦別氏制度を実現したり、労働力としての移民受け入れを推進したりする一方で、在日コリアンだけを攻撃対象に特化してるというのは、大衆の心を熟知している優れた実務家ってことだろう。それにもっと厄介なのは、あれが無思想の人間なのかわからない点。いわゆる『ピンクウォッシュ』として、一方の人権侵害を他方の人権擁護で相殺しようというのか、それとも本物らしい信念で、LGBTQや女性差別の問題に取り組んでいるのか、判別の難しいところが厄介だ。  本来なら同性愛者や自立した女性を毛嫌いしているような保守層の一部からは『あれはあえてのマイノリティ分断工作だ』と褒められ、実際に長年の困難にあって期待も裏切られ続けてきたマイノリティの一部からはその実行力を歓迎される。厄介だ。ひょっとしたら積極的差別者でもないかもしれない。嫌悪の情もなくただ冷徹に、他の法案を通しやすくするために在日コリアンには犠牲になってもらおう、ぐらいの気持ちかもしれない。が、まあ、嫌悪感や差別心のまったくないってことは、一連の対応を見ていればあり得ないとは思うけど、でも僕はあいつに関しては何も断言できそうにない」
 大阪市生野(いくの)区のビジネスホテルにチェックインしてから二人は、夕方五時前の、空はそろそろ薄暗いなかを、JR鶴橋(つるはし)駅前の狭く長い迷路のようなアーケード商店街を抜けてから更に、生野コリアタウンのほうに向けて歩いていた。
 並び歩きながら柏木太一が話しかけているのは、十歳近く年下の、つまり二十代前半の男だ。野球帽を目深に被り、フード付きの黒のジャージを上下で着ている。着衣の上からでもわかるほどの逞しさで、肩からの僧帽筋が盛り上がっている。顔の輪郭より太いような首にはタトゥーが覗き、また肌の色は、全体に静脈が際立って青白い。顔は肌荒れがひどく、頬にはアイスピックで滅多刺しにされたような無数のニキビ痕があった。そして極端な猫背である。太一に「シン君」と自分の名を呼ばれるたびに、少年のような、はにかむ笑顔でそのニキビ痕のおびただしい頬に、朱が差す。厳冬だった寒さをまだまだ引きずっているのにずいぶんな薄着であるが、隣の太一は、ネクタイなしのスーツの上にスタンドカラーコートを羽織っていた。
 彼ら二人に共通しているのは、父が韓国人で母が日本人、という点だ。二人とも日本国籍だが(生まれながらの日本国籍と、アメリカとの二重国籍から日本国籍を選択したほうと)二人が政治運動として没入してきてこれからも自身を投じようとしているのは、在日韓国人の生存権のための闘争だ。
 生野コリアタウン。東西に五百メートルほど伸びる直線道路に、百二十店舗ほどが並ぶ。キムチの匂い、ニンニクの匂い、視覚的にもキムチの赤、飾り付けや街灯や門構えなどにちらちらする極彩色。呼び込みする店員たちの喧噪。
 買い物客の賑わいを見てもこれが、地元の人間の証言では「だいぶ寂れた、人も減った」というのが、太一には俄に信じられない。鶴橋駅前のアーケード街もそうだったが、新大久保など他の以東のコリアタウンに比べて特徴的なのは、日常性を保とうという気概がみなぎっている雰囲気、といってシリアスすぎる重圧は払いたいというような気の抜け具合。実際、まるで平成の世のようだ。
 差別者から町を守るための自警団が常駐したりパトロールしたりしているのは新大久保(しんおおくぼ)と同じだが、関西人はお揃いのブルゾンやバッジなど嫌いらしい。店内で立ち働く普通のスタッフ、あるいは外に立つドアマンとして、一目でそれとわかる体格のいい若者たちが混在していた。それが不馴れな案内をしたせいか、老齢の客に注意されて頭を下げていた。
 主にアメリカ育ちで日本は東京しか知らない彼にこの町を見せたかったのもあるし、学生のとき以来で太一自身がこの「要塞都市化」をじかに見ておきたかったのもある。改めて眺め歩くに、来阪が久しぶりなのもあって、漂うあるわざとらしさ、じわじわと連帯を迫ってくるような、人情というかこれが浪花節というのか、ぬめっとした違和感を新たに発見しなくもなかった。
 二人は韓国の伝統茶が飲める店に入った。そんな韓国茶の専門店なんて、日本においては新大久保でも今は見かけない。なつめ茶が飲みたくて太一はその店に決めていた。店内にいるのは、客も店員も、若い女性ばかりだ。螺鈿のちりばめられた韓国の高級家具が並び、粗めの韓紙(ハンジ)に複雑なデザイン格子の韓国風障子、丸い飾り窓。薄い生地のカーテンが各テーブルを区切っている。
 「アメリカの話からしようか、シン君」席に着いて太一は呼びかける。
 全身黒の彼は、太一に、自分が何も知らないと思ってすべてをレクチャーしてください、と求めていた。アメリカで出生した彼だが、父母のその時々の都合により日米を行き来する生活を強いられる。思春期に入り、母親にひどく煙たがられるようになってからは、バージニア州に住む父のもとで暮らすようになる。が、それは共同生活という水準以下の、ただそこに籍を置くことを許されたというだけの、存在を無視された、長い月日であった。
 よって彼は、日本語、韓国語、そして英語のいずれも話せるが、いずれにも中途半端な語学力しかない。そしてまた、日本の新大久保に渡ってきてからはずっと政治運動に関わってきたが、それも当時の人間関係の綾でそうなったに過ぎず、彼自身が歴史や政治を深く知っているわけではない。
 「アメリカは民主党政権に変わって、国内向けには次々と、不法移民救済制度や医療保険制度改革などが復活・推進され、それから温暖化対策なんかも大幅な軌道修正を発表したけれど、でも国際貿易では保護主義を緩やかに持続させているし、それから外交の、特に北東アジア政策では、共和党政権のときよりもよほどの内向き路線を示して、つまり韓国からの米軍の漸次撤退を進めている」
 「漸次」という言葉が難しかったかな、と今更ながらの配慮で太一は止まる。あるいはここまでの話のペースとして彼に早すぎるということはなかったか。
 しかし彼は、質問はあとからまとめてしますから、と求める。どうかずっと喋っていてください、長い日本語を喋っている太一さんをずっと見ているのはアトラクティブです、と言ってくる。

著者について
1976年埼玉県生まれ。在日韓国人三世。2014年『死にたくなったら電話して』で第51回文藝賞を受賞しデビュー。著書『報われない人間は永遠に報われない』『愛すること、理解すること、愛されること』。

・・・・日韓というよりは日本に内在する在日韓国人の頭と立場で考えた身の振り方を考える近未来小説ですね。すらすらと読める流暢な文体は頭に入りやすい。題名の付け方が何となく欧文調ではある。固有名詞、名詞でまとめる体言止めではなく、動詞を中心にする用言止めであることが新鮮で今風か。
 例えば、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』、村上春樹『風の歌を聴け』、高橋源一郎『いつかソウル・トレインに乗る日まで』など。

 埼玉県といえば、帰化の仕事で依頼者の在日韓国人の父の住所を追いかけて行って、そこで住んだ記録がないとのことで、無いことの証明をもらった。「親父はいくつもの通名をもっていたからな」と依頼人は言われた。
 依頼人はどういうわけか通名は使わず、韓国名で通していた。だから日本国籍を付与されたときは逆に通名に用意していた日本名を本名として戸籍を編製してもらい、勤務先にも国籍と氏名の変更、士業なので証明書もみな変更の手続きをするようにアドバイスした。
 この作家も本名で勝負している。早大で文学を学んでいる。私の手掛けた人も小学校から日本の学校に通い、日本の一流理系大学を出ている。もう立派に日本で食べて行けるという自信がそうさせるのである。
 しかし、この作家は現代日本に取材して日本に住む在日韓国人の視点を通して日本と日本人を描こうとしたのであろう。それ自体は所詮つくりごと。しかし怖いのは吉田清治『私の戦争犯罪』のように事実として独り歩きしないかどうか。プロパガンダに利用されかねない問題作品ではないか。
 読んでみたいが、2530円と割高。幸いにも現在は河出書房のHPで無料で読めるようになっている。