事業年度終了届の仕事2019/06/03

朝7時の地下鉄で事務所へ。8時だと非常に混雑するから一足早くでた。事務所には余裕で着く。冷房なども初の仕事になる。そして10時の来客を待った。建設業は許可を得ただけではだめで1年の決算ごとに事業報告を届け出る。これも当職の仕事である。決算書を提出してもらってDLした書類に入力してゆく。それ以外に社員数の増減、住所の変更などを聞く。また重要なのは事業報告書の作文であるから経営状況もヒヤリングする。約1時間もかからずに終わった。

クラウドファンディング2019/06/07

 クラウドファンディング(英語: Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である[1][2]。ソーシャルファンディングとも呼ばれる[3]。
 日本ではミュージックセキュリティーズの音楽ファンド(2000年開始)が初のクラウドファンディングであると言われている[4]。日本語では lと r の区別ができないこともあり、「クラウドコンピューティング(cloud computing)」の「クラウド(cloud)」と混同して cloud fundingと表記されていることがよくあるが、誤りである。

 これまでの事例
https://readyfor.jp/projects/zerosatogaeri
クラウドファンディングの歴史
クラウドファンディングという言葉自体は比較的新しいですが、人々から資金を募り、何かを実現させるという手法自体は古くから存在していました。寺院や仏像などを造営・修復するため、庶民から寄付を求める「勧進」などがその例です。
インターネットの普及に伴い、2000年代に米国で先駆的なウェブサイトが続々と開設され市場が拡大してきました。代表的なサービスにIndiegogoやKickstarter等があり、特にアメリカやイギリスではクラウドファンディングは資金集めの方法として一般的なものになりつつあります。
日本では、2011年3月にReadyforが日本で初めてのクラウドファンディングサイトとしてサービスを開始し、現在まで複数のサービスが開設され、クラウドファンディングの認知も徐々に広まりつつあります。

https://www.huffingtonpost.jp/kanyonce/documentary_movie_b_15505462.html
ミッキーは言う。「日本人の本来持っている他者を想う気持ちに、日本と韓国が互いに抱く差別感情を取り除く可能性を強く感じている。「慰安婦問題」をあらゆる思想や信条を持った人々が額を寄せ合って見つめることができれば、互いに理解し合える日が来るはずだ。その機会を生み出すきっかけとしてドキュメンタリー映画を製作している」

これまで、私費で本ドキュメンタリー映画を製作してきたミッキーは、既に撮影を終えた50時間に及ぶインタビュー映像の編集や翻訳、著作権のかかる映像の使用料や映画祭への出品にかかる費用を賄うために、3月8日にクラウドファンディングを立ち上げた。著作権のかかる映像の使用料は、映像によっては、数十秒で数千ドルもかかるというのだから驚きだ。

当初ミッキーは、目標金額として必要最低限の20,000ドルを掲げていたが、目標額はたった5日で達成してしまった。それだけ「慰安婦問題」についての人々の関心が大きいのかもしれない。現在は、目標達成金額30,000ドルを目指して、4月7日までプロジェクトを継続中している。

ところで、ミッキーは物議を醸す社会問題に真っ向から立ち向かうことが、怖くないのだろうか?疑問をぶつけてみると、こう答えてくれた。

「いつかここにいなくなる時がくる。つまり、人はいつか必ず死ぬ。これまでの人生で生死について多く考える機会を与えられて来たから、今生きていることに感謝をしながら、行動を起こしていきたい」

ミッキーのドキュメンタリー映画『主戦場 ("Shusenjo: The Main battleground of Japans's History War")』は、国や思想、信条に関わらず、大学教授やジャーナリスト、活動家など、あらゆる人々へのインタビューを盛り込んでいる点に置いて、これまでの「慰安婦問題」を扱ったドキュメンタリー映画と一線を画す作品になりそうだ。

一般社団法人の設立2019/06/12

 このところ法人の問合せが相次いだ。宗教法人に続いて今日は一般社団法人の設立の問合せがあった。電話の声からは若い人らしい。何か事業を始めるのだろう。
 もっと以前にはメールでバイク便の事業許可の問合せがあり、これは個人でも簡単にやれるので、ガイドしておいたら以後は問合せがないので自分で立ち上げたのだろう。ちょっともったいないことをした。
 一般法人設立も株式会社よりは簡単だが、核心的な業務として定款があるので打ち合わせしたいので後日面談にした。公益事業なのか、収益事業なのか、また会計業務(複式簿記)のこともある。

法務相談会(3回目)2019/06/18

 8時半、広報部長氏の車に同乗し相談会の地銀支店へ。支店長さんらとごあいさつの後、9時きっかりに相談者の来訪を受ける。応接室で様々な悩みを伺った。今回のテーマは遺産相続、成年後見制度、事業承継税制で、あらかじめ地銀が新聞の折り込み広告で募った5名だった。15時の予定だったが30分オーバーしたほど熱心な相談者もいた。
 中でも事業承継の相談者(80歳、男性)は奥様とともに相談に来られた。息子さんに50年育ててきた会社の経営を譲ったものの何か大切な手続きを忘れていないか、という漠然とした不安である。
1 経営権の譲渡の際に顧問税理士の入れ替えがあったことを聞き出した。創業者とともに歩んできた税理士は何でも知っているはず。しかし、若い息子に譲れば過去のノウハウ、財務諸表に現れない数字などすべてが失われる。経理事務員がいるというがリテラシーがあるかどうかは不明。新任の税理士が気が付けばいいが、創業者自身が漠然とした不安に襲われているのだから引き継ぎもなかったのだろう。
 会社の貸借対照表の資産の再評価を提案した。負債は短期的にほぼ絶対的に請求があるが、資産は不良化する。取れるのに取らないとか。社員、幹部の使い込みが発覚することもある。会社名義の不動産だけでも1㎡当たりの地価は50年で3倍以上になっている。これが事業承継税制を申請するには重要な数字になる。
2 創業者の奥様の退職金を未払金勘定に計上。これも注意が要る。既に損益計算書にも計上されている。実施した際に財源として何を取り崩すか。本当は計上する際に資産再評価をして評価益を出して同時にやると良かった。
3 遺言書の作成。兄弟は他人の始まり。今は理解を示し、仲の良い兄弟でも妻のプレッシャーが争う相続を引き起こす可能性がある。両親が存命中は穏やかな家族でも死亡するとどうなるか。
4 経営譲渡の際に登記が済ませてあるかどうか。
5 言い忘れたのは連帯保証人になっていないか、どうか。
 ほとんどは税理士さんの仕事になる。登記も司法書士さんになる。遺言書は当職で対応できる。創業者さんの心の琴線に触れる提案になったかどうか。
 最後の相談者は少し複雑な家庭で、高齢の両親との関係に悩んでおられた。既に司法書士が関与している。死亡した父の後添い(後妻)が認知症で施設入居中で、息子さんに成年後見人を付けてと迫られている。これが理解できないとのこと。先妻の息子さんと後妻は養子縁組していなかったと後悔していたが、姻族関係で4親等内なので法定後見の申し立ては可能。但し、申し立ての費用は申立人の負担とわかると絶句された。精神鑑定があると馬鹿にならない出費になる。
 高齢社会では、精神、肉体とも健全でないと地獄絵のような家族関係が見えてくる。法制(社会の仕組み)、出費、法的サービスの手続き、など知らないと誤解がぎくしゃくした関係をつくる。そんな意味でこのような相談会は社会的にも意義がある。ボランティアでも今後も2回相談員に応募しておいた。

 終了後は地下鉄原駅ギャラリーで風景写真展を見学。何と同窓の写真家だった。事務所に移動、19時からの岳連理事会に出席。岳連も一般社団法人化が日程に上がりつつある。本部ではすでに弁護士が選任されたらしい。設立手続きか、複式簿記の会計書類の作成が軌道に乗るまでか、何かに関与して協力したい。

『大法輪』「7月号ー特集<独り>の生き方・死に方」を読む2019/06/24

 書店の店頭で『大法輪』7月号ー特集<独り>の生き方・死に方を手に取り、思わず購入。執筆者の中に行政書士の勝桂子氏も<独り>を満喫するためにーを寄稿しています。もう一つの肩書きは葬祭カウンセラーです。
 要旨は、冒頭で隠居してからの日々ー年金生活に入り、日々の糧のため働くことから離れられる時間ー中略ー寺社を訪れ、軽やかな空気をいっぱいに吸い込み、「自分は何者であるか」、「今生でどのような使命を帯びて今、ここに居るのか」といったことを感じ、考えて見ましょう。成績や売上を競うことから離れ、誰と較べることもなく、孤独を恥じることもなく、独りきりで佇む瞬間。と書いて、最後の章でダメ押しの「ひとと較べない(=<独り>を満喫する)」にあるようです。
 思えば、山岳会の編集担当でよく話をしたAさんは愛知県立図書館長を定年で退職後、山岳会に入会されました。Aさんの兄はトヨタ自動車の部長級で退職。元部長同士で集る会合があると、お宅は、何年の入社で、部長には何年に昇進したか、などの会話があいさつ代わりに交わされるとか。つまり他と比較して自分の地位を確認しているわけです。成功した人生だったのか、まあまああの人よりはましな人生だったのか、などと。
 山岳会の中には企業経営者もいます。学者もいます。この人の発想には常に人を用いることです。悪く言えば人を利用すること。経営者は商売が基本ですから人を用いるのは当然です。しかし山岳会のような利害の無い団体でもこの発想が抜けきらないのです。人のうえに立つものは常に孤独です。今まで何者でもなかった時は人が集ったのに昇格すると途端に扱いが変わります。逆説的に言えば、だからこそ人物の正体が見えているのです。
 4月には山岳会の大先輩が逝きました。クリスチャンだったので、葬儀はキリスト教の方法でごく短時間に終わりました。司祭がおっしゃるには、キリスト教は本人供養だけで、先祖供養はしないのだとか。たしかにこのことが、仏教は日本に受容され、キリスト教は排除されてきた原因だったわけです。教義には戦争後、勝利すると敵の男性は殺害、妊婦も殺害、処女は味方の兵士に与えられるという。キリスト教の受難は自身の排他的な思想性にあったのです。
 宗教はアヘンといったのはマルクスでした。司馬遼太郎は「宗教はある意味では人間を飼いならすための道具であり,. 文化的システムであった。」という。毒にもなり薬にもなるという意味でしょう。
 この雑誌の特集では、あえて孤独を楽しめと説いています。そのことが他との交わりにおいて意義を見出せるのです。
 登山が趣味の私にはいつも草深い山中に埋もれた木地師の墓を思います。山里からも遠く深山の中に風化した墓を見ると、定住しない子孫は墓守どころではなかったのです。石の墓はまだいいほうです。もっと昔は木で作ったでしょうから朽ちて自然に帰って行きます。死んだものは忘れられるのが一番辛い、と言います。それが先祖供養であり、山で遭難死した登山家ならば、遭難碑です。
 すると芭蕉の
”野ざらしを心に風のしむ身かな”
を覚悟の上で生きて行きたいもの。

書類作成を受任2019/06/27

 朝は事業年度終了届けの入力作業で終わった。昨夜は事務所でできたところまでのファイルをGメールで自分宛に送信し、自宅のPCでダウンロードして継続作業。午後はこの前の相談会の5名のうち2名からすぐに来て欲しいとの催促があり、幹部と2名で自宅に赴いた。
 あいにく雨で足元は悪かったが、2家族とも受任につながり、その場で遺言書案の書類作成の報酬の現金を受領した。もう1件も相談後すぐ報酬相当額の送金に行きますと言われて、早く人生の悩みから解放されたい思いが伝わってきた。
 それぞれ必要書類の取得を依頼。さっそくと7/1に後見人申立の支援で入居施設に同行することとなった。弁護士、司法書士の資格者ならオール丸投げで受任可能であるが、行政書士は深くは関われないので書類作成の後方支援といったところである。

『日本人に謝りたい』が復刻2019/06/28

http://daisyoninn.asablo.jp/blog/2017/01/03/8301289


https://www.youtube.com/watch?v=LSpzN66HgyE&t=560s
【桜無門関】馬渕睦夫×水島総 第7回「イラン、中国、そして日本~トランプとディープステートの“世界支配”の違い」[桜R1/6/27]の番組を視聴していたら、対談の中で同書の復刻を知った。名著とは皆さんに読み継がれてゆくことなのである。