白洲次郎の発言から2013/01/05

 昨年末亡くなられたゴードンさんは新聞記者にして数ヶ国語が堪能という得意技でGHQに入られた。日本語も堪能で翻訳に活躍し、日本国憲法の草案の一部を起草された。ゴードンさんへのネット上の反応は芳しくない。後世から見れば当然かも知れませんね。その反対に日本人ながら、当時、ケンブリッジ留学で鍛えた得意の英語を生かして新憲法の誕生を見ていた人に白洲次郎がいた。これもググって見た。WIKIから転載。注は私見を述べてみた。

「発言集 [編集]
「われわれは戦争に負けたが、奴隷になったのではない」(Although we were defeated in war, we didn't become slaves.)

注:その通り。この気力が焼け野原となった国土から立ち上がった。

「監禁して強姦されたらアイノコが生まれたイ!」(GHQによる憲法改正案を一週間缶詰になり翻訳作業を終え、鶴川の自宅に帰ったときに河上徹太郎にはき捨てた台詞)

注:やっぱり、押しけつられた憲法という批判は当たっている。米国の偽善がありありしている。

「吾々(われわれ)の時代にこの馬鹿な戦争をして、元も子もなくした責任をもっと痛烈に感じようではないか。日本の経済は根本的の立て直しを要求しているのだと思う」(『頬冠りをやめろ―占領ボケから立直れ』より)

注:日本人は余りにも中国のことを知らなさ過ぎた。中国一国の歴史だけを観察する狭い歴史観で誤った。その知識のなさを自覚して20世紀初頭に東亜同文会が発足した。高等教育の大学も上海に設置されたが、いかんせん列強に遅れまいと中国進出を焦った。満鉄事業ではアメリカの共同参加の申し出を断った。これで虎の尾を踏んでしまった。
 戦後も政治家、経済人とも中国についてよく知っているとはいえない。ただただ13億人の市場があるとしか見えていないのではないか。第二の過ちが待っている。

「憲法にしろ色々の法規は、米国でさえ成立不可能な様なものをどしどし成立させ益々得意を増していった。一寸夢遊病者の様なもので正気かどうかも見当もつかなかったし、善意か悪意かの判断なんてもっての外で、ただはじめて化学の実験をした子供が、試験管に色々の薬品を入れて面白がっていたと思えばまあ大した間違いはなかろう」(「文藝春秋」1954年臨時増刊号より、GHQ内部の人々を評して)

注:面白がっていたGHQの子供という表現には大いなる皮肉が込められている。その中にはベアテ・シロタ・ゴードンさんも入っている。彼女の眼には日本は男女平等でなかったらしいが、新島八重その前の山本八重は男勝りの活躍をしていたなんて知らなかっただろうな。虐げられた女性ばかりではなかったのである。無知からくる偏見は怖い。

「この憲法は占領軍によって強制されたものであると明示すべきであった。歴史上の事実を都合よくごまかしたところで何になる。後年そのごまかしが事実と信じられるような時がくれば、それはほんとに一大事であると同時に重大な罪悪であると考える」(『プリンシプルのない日本』より)

注:今がその時だ。歴史上の事実のごまかしとは南京大虐殺のことか。ごまかしならばその最たるもの。重大な罪悪だ。でも信じる人は減っていると見る。ネットのお陰で正しい情報が拡散されてきた。

「プリンシプルとは何と訳したらよいか知らない。原則とでもいうのか。…西洋人とつき合うには、すべての言動にプリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要である。日本も明治維新前までの武士階級等は、総ての言動は本能的にプリンシプルによらなければならないという教育を徹底的にたたき込まれたものらしい」(「諸君」昭和44年(1969年)9月号)
「新憲法のプリンシプルは立派なものである。主権のない天皇が象徴とかいう形で残って、法律的には何というのか知らないが政治の機構としては何か中心がアイマイな、前代未聞の憲法ができ上ったが、これも憲法などにはズブの素人の米国の法律家が集ってデッチ上げたものだから無理もない。しかし、そのプリンシプルは実に立派である。マッカーサーが考えたのか幣原総理が発明したのかは別として、戦争放棄の条項などその圧巻である。押しつけられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと率直に受け入れるべきではないだろうか」(『プリンシプルのない日本』より)

注:確かに!9条は立派だ!高貴な条文である。米国のずぶの素人が作ったと証言されている。戦争放棄を謳っておいて、外国が領土を奪いに来なければいい。2012年、韓国は竹島を実効支配したし、中国は尖閣の領海領空侵犯を繰り返す。米軍が引揚げていけば顕著な動きになる。そのときではもう遅い。

「私は、“戦後”というものは一寸やそっとで消失するものだとは思わない。我々が現在声高らかに唱えている新憲法もデモクラシーも、我々のほんとの自分のものになっているとは思わない。それが本当に心の底から自分のものになった時において、はじめて“戦後”は終わったと自己満足してもよかろう」(『プリンシプルのない日本』より)

注:やっぱりね。日本人が頭を悩まし、議論を重ねて作った憲法ではない。元来、権利は闘争の末に勝ち取るもの。負けて与えられていてあり難がるというのも日本人らしい。
 あの仏教でさえ、山では神の化身として受け入れた。仏は神が姿を変えたものだった。神仏混淆などという。しかしながら憲法は宗教ではない。欧米に負けない車を作ったように憲法も自力でやらなきゃ。
 ドメスティックバイオレンス、子供のいじめ、など個人重視の結果、成熟しないまま大人になった人間が増えたことに起因している、と見る。愛されないまま育てば妻や子も愛することはない、と言われる。親からされたことを子にもする、そうだ。憲法や民法で家族が解体されたことが歪みを生んでいる。

「税金がふえて、我々の生活が今よりぐっと苦しくなっても、なお外国の軍隊を国内に駐留させるよりもいいというのが国民の総意ならば、安保など解消すべし」(「諸君」昭和44年(1969年)9月号)

注:中国に核心的利益とまでいう戦意を見せ付けられ、尖閣どころか沖縄を占領する計画があることまで飛び交っている。この一大事に日本一国で立ち向かえるわけがない。日米協調は国是であろう。

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